水晶岳・鷲羽岳縦走(2011/08/20-23)

というよりも、黒部上ノ廊下を遡行するつもりだった。
しかし天候不良と低温から沢登りなど考えられず、気がつくと普通の縦走と終わってしまった。
メンバー:大平、佐野、佐藤、オーブ(外大WV)
  強風豪雨に耐えきった、ポットラック

今回は行く前から天候不良が予測された。
出発前日は曇り時々雨、出発の日は雨時々曇り、それ以降は曇りで晴れは全くなかった。ただ9月のインドネシア遠征を考えると、どうしてもこの期間にいわゆる「大渓谷」へプレとして行っておきたかった。自分たちにとって、大滝登攀と同等に核心と言える「アルバイト」の壁がスケジュールに聳えている以上、この週を除いてメンバーが集まれる日も組めなかったのだ。

黒部上ノ廊下を源流まで遡行し、そのまま槍ヶ岳まで縦走するという計画だった。

20日、夜行列車で現地入りすると予報通り曇りで次第に雨が降り始めた。ただしこの日は大した雨量ではない。バス、トロリーバスと乗り換え、さらに5時間の登山道歩き、黒部ダムの渡し船を経て、入渓点の東沢出合に到着した。

メンバー内には上ノ廊下経験者はないので、奥黒部ヒュッテの人に川の様子は普段と比べてどんなものか尋ねた。「この数日、天候は優れず全パーティ敗退してる」ということだった。とはいえ7日の予定を組んだ以上、薬師沢までの遡行は可能ではないかと考え、この日はあくまで行く気満々、黒部川の左岸に渡渉し(水量はそこまで多く感じなかった)高台の上でビバークした。

21日、深夜から朝方にかけて結構な雨が降り続いた。朝起きるとまだ小雨が降っており、この日は進めないだろうと予想。おまけにとにかく「寒い」。(帰ってから知ったがこの頃東京でも最高気温23度と異常な涼しさだったらしい。)とりあえず10時頃まで寝ようと、シェルターの中でごろごろしていると外から「とん、とん」と声が。夢かと思うと『岳』に出てくる三歩のようなお兄さんが立っていた。奥黒部ヒュッテの小屋の人で、明日22日の予報も雨ということをわざわざ心配して伝えに来てくれたのだ。
「もし明日も雨なら水は簡単に引かず、明後日も遡行は難しい」悩ましい決断だったが、その上さらに雨が続くようなら停滞しているだけで何もできなくなってしまう。結局、長い読売新道を通って、上ノ廊下を「大高巻き」して黒部源流に行き、できれば上ノ廊下下降、または赤木沢遡行を行おうということになった。
まず前日渡った黒部川をもう一度渡渉して登山道に戻らなけらばいけない。この時水量は30㎝以上増えており、水は茶色く濁っていた。先ほどのお兄さんが来た時から2時間ほど経った正午頃、どんどん水量は増えていたようだ。 まず試しに、昨日一人ずつ渡ったポイントでスクラム渡渉を試みるもあえなくトップが一瞬で流されてしまう。その後何度も岸辺を行ったり来たりし、様々な方法を考えながら、1時間半を費やしなんとか渡渉することができた。まず下流から水勢の弱い箇所を川の中ほどまで進み、そして川の中を30mほど遡行した後、やはり水勢がマシな箇所を選んでスクラム渡渉というシンプルな方法だったがラインを読むのと、寒い中思い切って進むのに思わぬ時間を食った。
その後この日は読売新道に入ってすぐの辺りでビバーク。

22日、やはり三歩さんの言うことは当たりこの日も朝方はまとまった雨が降り、起きてからもパラパラと降った。
昨日のまま、黒部川左岸で停滞していたら22日はおろか23日も身動きを取れなかっただろう。この日は黒部源流を目指し、赤牛岳、水晶岳と縦走することにした。
せっかくの北アルプス縦走だが、展望は全くなく、青空もさっぱり見えない。
赤牛岳山頂までは急傾斜だが天候は持った。けれどそれを過ぎると急に風は強くなり雨も降るようになった。まだ食糧は5日分残っており重く、靴は縦走用でないため所々すべる。6時頃から歩き始め、13時頃やっと水晶小屋に到着する。天気予報を確認するとなんとその次の日、さらに次の日も雨だった。「せっかくここまで来たんだから、せめて赤木沢を楽しく遡行しよう」という夢もぶち壊される。せっかく歩いてきたのに…。
この後メンバーで話し合い、下山することに決める。明日も停滞すれば、ひょっとしたら赤木沢なら行けるかもしれない。けれどそこまでして赤木沢に行くぐらいなら1日早く降りて、また違う沢で仕切り直したほうがいいんじゃないかと感じたからだ。
せっかくなのでと鷲羽岳に登っていると本格的な土砂降りになった。ただでさえ寒かったのに、次第に全身びしょ濡れになる。沢で使用しているようなボロボロ雨具では雨が貫通してしまう。
三俣山荘に着いた時は15時、まだ活動終了には早い。おまけに標高が高く、もう少し降りたかった。もうメンバーの体力は限界近かったが、三俣蓮華を登り返し、双六小屋に向かう。
けれど17時半頃双六小屋に着いてみると、コルの吹きさらしになっているテン場しかなく、私たちのフレームの無いシェルターでは持ちこたえられそうにない。
さらに少し先に進み、ちょっと風の弱まるところで何とかビバークした。
私たちの使っているポットラックはペグとつっかえ棒(拾った木の枝)だけで支えられていたが、なんとか一晩中吹き続けた強風に耐え朝まで過ごすことができた。途中何度も起きてはいつ吹っ飛ぶかと心配だった。夜、益々雨脚は強くなり、黒部源流を下降していたらエライことになっていたかもしれない…と行かずによかったなとちょっと安心する…。

23日、雨は休まることを知らず、降り続けていた。ところどころ道は濁流と化し、登山道なのに脛辺りまでの渡渉を何度か繰り返して新穂高温泉へ下山した。

今回の活動は元の計画である上ノ廊下に全く手を付けられなかったが、
①ボッカ訓練 ②(数回だが)渡渉訓練 ③ポットラック設営方法 ④天候には勝てないこと
などなどを実践・学習できたのでそれなりに有意義だった。
ただ上ノ廊下を遡行できなかったのは非常に残念だ。

記入:大平

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