ランテマリオ山マルア川遡行総括

100m連瀑のF6をシャワーで登る小阪

 2011年9月12日から18日にかけて、インドネシア共和国スラウェシ島最高峰のランテマリオ山(Bulu Rantemario、標高3478m)を源とするマルア川(Salu Malua)を遡行した。12日の早朝に麓のロニ村(Desa Roni)を出発し、14日の停滞を含めて17日までの計6日間で稜線まで遡行し、18日にランテマリオ山へ登頂してカラガン村(Desa Karagan)へと下山した。同地域では初めて行われた沢登りとしての活動であったが、大きなアクシデントも無く、無事に活動を終えることができた。

 今回の遠征は、参加メンバーの多彩さが大きなポイントであった。まず日本からは早稲田大学探検部から(大平、佐野、佐藤)3名、東京外国語大学WV部、京都府立医科大学山岳部からそれぞれ1名(大部、小阪)計5名が参加した。

加えてインドネシア共和国内では、以前から早稲田大学探検部と交流のあるインドネシア大学のアウトドアクラブ、MAPALA UIから1名(トンテ:Oktora Hartanto)と、現地スラウェシ島のハサヌディン大学のアウトドアクラブ、KORPALA UNHASから1名(アンディ:Andi Mulatauwe)の計2名が参加し、合計7名での沢登りとなった。

入渓直後の渓相

まず準備段階において、計画の発案、事前練習計画、現地情報入手は早大探検部が主に担当し、沢登りにおいて最も危険で重要でもある登攀全般(装備や現地での登攀)については、4年以上の山岳経験のある大部、小阪両名が主に担当することとしていた。

現地での許可関連や万一の際のレスキュー要請については、現地地域に詳しいアンディが担当した。加えて、現地において複雑な会話になった場合の通訳として英語が話せるトンテの同行が決まっていた。

現地では、まず入渓まではスムーズに進めることができ、予定通り11日にマルア川沿い最深部の村であるロニ村に到着して12日から遡行を開始することができた。一方で、沢は予想していたよりも規模が小さく、水量も少なかった。けれど所々で泳ぎを必要とされるゴルジュ地形があり、さらに一気に標高の上がる上部では100mに及ぶ連瀑も見られた。

ゴルジュを泳ぎで突破する
2泊目と3泊目を過ごした岩小屋

見栄えのするゴルジュや大滝などの存在は見られなかったが、鬱蒼と茂るジャングルが山頂付近まで続き、野性味溢れる遡行となった。流程25キロに及ぶマルア川は、その長さと標高差(約2000m)、岩にドロが付き足の取られる嫌らしい高巻きや、蔓状植物や棘を持つ植物が行く手を阻むなど、決して容易なものではなかった。隊員は9日分の食糧を担ぎ、昼夜の温度差が激しい中、よく活動を続けて無事に下山できたと思う。

けれど、5日目には隊員の多彩さ、人数の多さが裏目に出て、隊が滝の直登組と、高巻き組の2つに分かれてしまうアクシデントが発生した。マルア川の上流部は、水が非常に冷たく、沢慣れしていない現地学生2人とそれを追いかけた大平が100m連瀑を高巻きした結果、大高巻きとなり本流沿いで合流することが困難になったためだ。翌日稜線上で合流できた時はお互い事故なくホッとした。

スラウェシ島最高峰を7名で登頂

全体を省みて、「初めて」のことが多かった今回の活動を完遂できたことに、まず満足している。けれど、今回訪れた沢の付近には「200mの大滝」があるという噂も聞いた。私たちによる遡行は、他に幾らでも谷があるこの地域でのはじめの一歩に過ぎず、ラティモジョン山塊を代表する渓相を発見できたとは言い難い。

このホームページで行う報告が、スラウェシ島での沢登りを考える人やインドネシアでアウトドア活動を行おうとする方への羅針盤となれば幸いである。

記入:大平

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