激闘! 超巨大アナコンダ を追え!! ~アマゾン遠征隊~ 活動報告書

2012年8月10日~2012年9月13日の日程で、部員二名でブラジル・アマゾンに大蛇を探しに行きました。アマゾンはとにかく広大でした。今回協力してくれたOB、現地で助けてくれた田邊くんをはじめ日本人とブラジル人の方がた、本当にありがとうございました。報告書は写真が少ないですが、近々動画もアップします。

 

活動地域

ブラジル連邦共和国 パラ州、アマゾナス州周辺

活動の目的・概要

活動の目的は、アマゾン河で目撃例のある、10m以上の大蛇を捕獲し記録すること。そして、半ば伝説的な大蛇の存在を実証することである。しかし、今回の遠征は事前に多くの目撃情報を収集できなかった。その理由として、アマゾン川沿いに目撃者はいるものの、都市から50キロ以上離れると、インフラが整備されておらず電話などの連絡手段もなく(電話が通じても基本電話に出ない、なぜ電話にでないのかは不明。)目撃されてもリアルタイムでその情報を得ることが難しいからである。ほかに日程や資金の制約もあったため、今回は、現地の旅行代理店を通じて大蛇の目撃例のあった地域に実際に行き、現地住民に聞き込み調査をすることが主な活動内容になった。今回聞き込み調査を行なった主な地域名はサンパウロ、ブラジル中部アマゾナス州のマナウス、パラ州のサンタレン、アレンケール。

メンバー

隊長 村瀬匠(早稲田大学探検部 政治経済学部3年 会計)

副隊長 佐藤学(早稲田大学探検部 文化構想学部3年 幹事長)

活動内容詳細

810日~14

サンパウロに到着し、村瀬の高校時代の部活の友人であり、サンパウロにインターンに来ている田邊くんの家に宿泊した。その間、サンパウロのブタンタン毒蛇研究所や、ニッケイ新聞社、日本語が通じる旅行代理店(SHT)などに行き、大蛇の目撃例や、生息地域などについて情報収集を行った。

毒蛇研究所の職員によれば、大きな蛇はブラジル西部の国境地帯、ロンドニア州で多く見られるという。旅行代理店(SHTリベルダージ)に聞いたところ、その地域では日本語が通じるガイドを手配できず、しかも手配するとすれば隣国のボリビアからになるということだった。隊員二人はどちらもポルトガル語もスペイン語も話せないので、諦めた。

また、佐藤が事前にニッケイ新聞の大蛇に関する記事(下記URL)

http://www.nikkeyshimbun.com.br/070919-62colonia.html

を発見していたので、リベルダージにあるニッケイ新聞社にもお邪魔した。記事は一般人が5年前に投稿したもので、アレンケール在住の坂口成夫という人が書いたものである。その記事によれば、過去にブラジルのアマゾン河で40数メートルの蛇が発見されたという。にわかには信じがたいが、一応、坂口成夫さんがご存命であることを新聞社で確認し、連絡先を教えていただいた。後日大蛇の目撃情報を聞こうと思い、その連絡先に電話してみた。呼び出し音はなるものの一向に応答はなかった。

8月15日~9月8日

マナウスへと出発した。調査地域としてマナウスを選んだ理由は、ネット上でアナコンダやスクリーの目撃情報が最も多かったこと、日本語が通じる旅行代理店(ATSTUR)があったこと、そしてアマゾン河の交通の要所になっているため、情報収集がしやすいと考えたからである。マナウス到着後、市内の最安値(1N30R 1200円)のホステルに宿泊し、まずはATSTURを訪ねて蛇の目撃情報を聞くことにした。ATSTUR社長の島準さんによれば、マナウスからアマゾン川沿いにそれぞれ50キロ下流と上流で目撃情報があったという。また、島さんの紹介で、すでに退職していて76歳という高齢の佐藤助六(通称、助さん)という人に格安で現地ガイドをしてもらえることになった。

 助さんに現地人に連絡をつけてもらい、まずは上流に向かうことにした。連絡船で3時間ほどのところに住む、カーロスという人を訪ねた。カーロスさんはインフラ0の土地で、犬4匹と40年間一人暮らししている日系1世の老人である。連絡船が来るまで3日ほど滞在した。カーロスさんの話では、40年住んで大きな蛇を見たのは1回だけだという。また、現在、蛇は害獣として漁師や周辺住民によって狩り尽くされているという話も聞いた。カーロスさんには食事や部屋を貸してもらったが、ちゃんとしたお礼ができなかった。とにかく彼には感謝している。

 マナウス市に戻り、その後数日間は、下流の現地住民との連絡が取れず、現地への交通手段もわからなかったため、市内を観光して過ごした。市内の動物園に行ってアナコンダの実物を見たりした。アナコンダは頭は小さいが体は長い。活発に木を登っているのが見れてうれしかった。職員に野生のアナコンダを捕まえられる場所を聞こうとしたが、全く相手にされなかった。ほかには、バックパッカーとつるんで市内のビーチやに行ったり、ショッピングモールに行ったりしていた。食事は基本自炊した。

 8月25日頃に下流の住民と連絡がつき、9月1日から1週間、下流で聞き込みと捜索活動をすることにした。それまで時間があったので、ニッケイ新聞の記事の真偽を確かめに、26日からアレンケールの坂口成夫さんを訪ねることにした。全行程4日かけて、サンタレン、アレンケールを訪れた。アレンケールに到着し、再度、坂口さんに電話してみた。やはり結果は以前と変わらない。しょうがないので坂口さん宅を直接訪ねた。しかし坂口さん宅にいたのは坂口さんの息子のフォードという人で、成夫さん本人は3年前に亡くなっていたことが発覚した。ガイドは同行していなかったので、それ以上込み入った話も聞けず、そのままマナウスへ戻った。

 30日、マナウスへ帰る船の中で問題が発生した。村瀬の所持金10万円相当が置き引きされた。ただでさえ資金がぎりぎりで、佐藤は、村瀬に金を借りようと思っていたぐらいだったので、非常に痛い損失だった。油断して荷物から離れていたのが原因だった。これ以降、ショックのためか村瀬は瞑想モードに入った。

 9月3日からマナウスに戻り、下流の住民宅に移動した。彼らも日系人の家族で、旅行代理店つながりで辻という人の家族だった。彼らは牧場で牛を飼って生活していて、日本語は少しだけ話すことができる。資金がなくなったので期間を4日間に縮め滞在させてもらい、周辺住民の聞き込み調査だけを行なった。地域住民は10m以上の蛇を見たとは言うが、それも10年以上前の話で、カーロス氏の時と同じ理由で今はいないということだった。余った時間には釣りなどをして遊んだ。色々気を使っていただいてうれしかった。

 その後は、マナウスに戻り、本当に金がなくなって田辺くんの友達の友達のミウソンという人の家にただで宿泊したりしてやり過ごした。本当に彼の家族には感謝している。

98日~11

 9月8日にサンパウロにもどり、帰国までの3日間を、田辺くんに食事をおごってもらうなどしてなるべく金を使わずにやり過ごした。

この遠征による成果と今後の展望

今回の遠征の結果、大蛇は必ずしもアナコンダではないということが分かった。もちろんアナコンダも巨大化するが、よく発見されるスクリジューという大蛇はボア科で、皮の模様も異なり、他の種類の蛇らしい。また、大蛇は乾季の水が引いた時期が発見しやすいと予想していたが、雨期にだけ水が流れる浅い支流や入江でも発見されていることがわかった。大蛇が発見されているのは、住民の話では数十年以上前の開拓が進む前の時代ということだが、それならば、現代でも住民のいない未開地などで蛇の捜索をすれば、それ相応の大蛇が見つかるのではないかと思われる。

またアマゾン川で水生の大蛇を捕まえるためには、個人船のチャーターが不可欠である。蛇をつかまえるにしても情報を集めるにしても、移動のためには船が必要である。しかし、その費用はけっして安いものではない。ガイド代や船の操縦士代、宿泊費なども含めれば、隊員二名で割り勘したとしてもなかなかの額である。

そこでアマゾンで今後活動するならば、想定として4~5人程度の、ひとつの船にちょうど収まる程度の人数の隊で、個人船をチャーターするのがベストではないかと考える。そして、そのうち最低1名は現地語(ポルトガル語、またはスペイン語)が話せる必要がある。日本語と英語での情報収集には限界を感じた。実際に捜索するとすれば、地域は、農家や漁師のより少ない場所で、より上流。人家がほとんどない場所で、未開地ぎりぎりの民家をベースキャンプにする。そしてコロンビアなどの国境周辺などがいいのではいだろうか。

 今回は小型のアナコンダさえ見ることなく帰ってきてしまったが、それも人手や資金の制約があったせいである。だから今回はあえて情報収集に徹することになった。今回得ることができた情報をもとに次回の活動につなげていきたい。

隊員感想

 

隊長 村瀬匠

 今回の遠征を成功と失敗の二通りに分けるとするならば、「失敗」ということになるだろう。なぜなら、本遠征の目的である野生のアナコンダに出会うことすらできなかったからである。原因としては、隊長である自分の計画力や行動力のなさがあげられる。時期(雨期や乾期)、探索地域、時代、活動規模の小ささなど様々な要因があるが、これらすべては綿密なリサーチによって改善できたのではないかと反省している。そのような面で隊員である学には迷惑をかけることも多かった。ただ、現地に実際に行ってみないと知りうることのできない情報があるというのも事実である。現地の人たちの証言から10メートル以上のアナコンダが存在することを私は確信した。たとえば、実際に蛇を捕え測ったところ45フィート(約13メートル)であった話や蛇の皮が市場で流通していた時代に(現在は条約で禁止されている)11メートルの皮が市場に流れていた話などである。これは、又聞きやインターネットなどの二次的な情報ではなく、直接の体験談であり、彼ら(日本人とブラジル人)の人柄をみると十分に信頼できる情報である。もう一度言うが、「超巨大アナコンダは存在する」。これは間違いない。もちろん過去の遠征を否定するわけではないが、今までの眉唾ものの(いわゆるネタモノ)生物系の遠征に比べ、かなり実現性の高い課題だと言える。ただ、様々な改善点があるので次回の遠征のために列挙しておく。

①    活動地域はあまり文明の侵食していないコロンビアかボリビアのアマゾン上流がよい

②    言語(ブラジルならポルトガル語、コロンビア、ボリビアならスペイン語)ができる者が隊員に一人はいること。交渉や相手の言っていることが聞き取れないと厳しい

③    とにもかくにも人数が必要。資金、探索能力、活動の充実には多ければ多いほどよい

④    探索は中~大型船を最低一週間はチャーターして行うべき

⑤    事前に現地の旅行社(日系でも現地でも)に連絡を取る(できれば綿密に)

他にも細かいことや書き忘れていることがあるかもしれないが上記のことはクリアしたい。

 今回の遠征を旅行としてみたときには、「成功」だったと思う。地球の裏側はパワーの漲る魅力的なところだった。いわゆる、観光名所はあまり行ってはいないが広大で過酷な自然を体感し、現地の人たちと共に暮らし、日本では絶対にできない体験をたくさんした。友達もたくさんできた。多くのトラブルにみまわれたがそれもいい見方をすればブラジルの洗礼であるし、今では笑い話だ(いや、笑い話ではないな)。

 最後に、今回共に35日間闘ってくれた学、在京など協力を惜しまない探検部のみんな、探検部OBの方々、家族、現地で世話をしてくれた田辺君やミルソン一家、旅行社の方々、助さん、カルロスさん、辻さん一家に感謝の意を表する。ありがとう。そしてこれからもよろしくお願いします。

副隊長 佐藤学

本当にブラジル観光は楽しかった。ブラジル人は、なんかつかみどころがないけどいい人たちだった。それほど観光名所を回ったわけでもないが、海外旅行として見るなら、とても満足できる内容だった。

ただ、探検的にみて、良い成果は残せなかったのは残念だった。次回に繋げていくためにも、反省点をあげていきたい。

まず、事前の情報収集が不足していた。事前準備がもう少しはかどっていれば、大蛇の生息地域を絞たり、経費の目算をたてることができただろう。とはいえ、日本で情報を集めるのには限界があると思う。今後はブラジルにできた知り合いのコネをうまく使えたらいいのではないかと思う。第二に、資金や人員が不足していた。ブラジルは想像以上に物価が高かった。金のない学生にとってはなかなかシビアな地域である。金がなければどうするか、思うにマンパワーとコネで何とかするしかない。例えば、個人船のチャーターは4,5人で借りられればもう少し費用を抑えられるだろう。または、現地で安くチャーターできるところを知っている人がいたかもしれない。そのためにも、今後大蛇捜索を続行するなら、日本国内で早いうちから隊員を募集し、情報収集のための人脈をつくるべきである。そして第三に現地語が話せなかった。ブラジル・ポルトガル語は、複雑な文法・発音規則を持っているが、大抵のブラジル人はポルトガル語しか話せない。これを習得することができれば、ガイドも現地人を使い、経費を抑えられるかもしれない。

そう考えれば、今回の遠征を今回一回限りのものとして見るべきではないだろう。今回の遠征では、リーダー村瀬の人あたりの良さのおかげで、多くの現地人や旅行者と知り合いになることができた。今回知り合いになれた人たちには、今後もブラジルに行くときにはお世話になると思う。多くのブラジル人と知り合えたのは、個人的にはとても満足している。今回、村瀬は大金を盗られてしまったが、今後その盗られた金の分の発見ができることを期待している。

今回最も遠征に協力してくれた田辺くん、宿と飯を提供してくれたカーロスさんと辻さんのご家族、マナウスでの最後の数日間を世話してくれたミウソンとその家族には本当に感謝している。そして35日間同行した村瀬お疲れ様。今後の遠征に期待している。

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です