バハ・カリフォルニア半島ツーリング報告(2015/9/4~10/6)

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 遠征計画

計画趣旨

現在早稲田大学探検部において自転車活動は一番活発に活動していると言える。2015年1月にはタイを走り、5月から8月にかけては国内で多くの峠を制覇した。様々な経験を積んだことで、技術も向上し自転車勝度はある程度成熟してきた段階にある。

しかし、いずれの活動も極めて短期間の活動だったと言わざるを得ない。海外活動を目指す部において海外ツーリングは当然目標になってくる。しかし時に数カ月に及ぶ海外ツーリングを安全に達成できるだけの経験が部内で十分に蓄積できているとは言えない、つまり、部が自転車活動をさらに発展させるためには、長距離・長期間の活動を行うのが最も有効だということになる。

以上を踏まえて、これまでの経験を最大限に活かせ、我々に必要な経験を積める場所を探し、目的地をバハ・カリフォルニア半島に定めた。

バハ・カリフォルニア半島

北米大陸から細長く突き出したバハ・カリフォルニア半島は、伝統あるオフロードレース「BAJA」の舞台だ。巨大サボテンが立ち並ぶ荒野や美しい海岸線が延々と続く。終わらないアップダウン、変わらない景色、貧しい食事、パンクの頻発、優しくてテキトーなメキシコ人、日本では予想もしていなかった辛さや喜びがそこにはあった。

最後に、自転車活動の発展が早稲田大学探検部の価値を高めることになれば幸いである。

 

計画概要

活動地域

バハ・カリフォルニア半島

 

日程

2015円9月4日~10月6日

 

隊員

CL 3年村重 SL 3年村田 記録 3年西原

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メキシコでの野宿は過酷

行動記録

行動概要

9/4 東京―シカゴ

1420 成田空港集合

1810 離陸

1620 シカゴ着

9/5 シカゴーロスカボス

0830 シカゴ発

1153 ロスカボス着

 

9/6 ロスカボス滞在

1000起床

観光・買い出し

9/7 San  jose del Cabo – Todos Santos手前C1

【行動距離】128km

【平均速度】16.1km/h

【最高速度】59km/h

0730 行動開始

1930 行動終了

9/8 C1-La PazC2

【行動距離】117km

【平均速度】17.1km/h

【最高速度】43km/h

 

0740 行動開始

1700 行動終了

9/9 C2-Wild campC3

【行動距離】95km

【平均速度】15km/h

【最高速度】43km/h

 

0830 行動開始

2000 行動終了

9/10 C3-Ciudad ConstitucionC4

【行動距離】119km

【平均速度】16.4km/h

【最高速度】44km/h

0740 行動開始

1730 行動終了

9/11C4 -LiguiC5

【行動距離】114km

【平均速度】14km/h

【最高速度】47km/h

0740 行動開始

1900 行動終了

9/12 C5 –Playa ArmentaC6

【行動距離】118km

【平均速度】13.9km/h

【最高速度】49km/h

0800 行動開始

2000 行動終了

9/13 C6-Santa RosaiaC7

【行動距離】118km

【平均速度】14.2km/h

【最高速度】55km/h

0700 行動開始

1900 行動終了

9/14 C7- Wild CampC8

【行動距離】100km

【平均速度】12km/h

【最高速度】52.3km/h

0730 行動開始

1900 行動終了

9/15 C8- Guerreo NegroC9

【行動距離】122km

【平均速度】14.3km/h

【最高速度】38.5km/h

0740 行動開始

1930 行動終了

9/16 C9停滞 9/17 C9-RosaritoC10

【行動距離】82km

【平均速度】13.7km/h

【最高速度】40km/h

1100 行動開始

1900 行動終了

9/18 C10- gas stationC11

【行動距離】52km

【平均速度】14.9km/h

【最高速度】46.1km/h

1230行動開始

1700 行動終了

9/19 C11-BufeoC12

【行動距離】112km

【平均速度】13.9km/h

【最高速度】43.5km/h

0630 行動開始

1900 行動終了

 

9/20 C12- PuertecitosC13

【行動距離】79km

【平均速度】14.8km/h

【最高速度】41.2km/h

0630 行動開始

1300 行動終了

9/21 C13- San FelipeC14

【行動距離】94km

【平均速度】14.6km/h

【最高速度】35.4km/h

0630 行動開始

1430 行動終了

9/22 C14停滞 9/23 C14- La VentanaC15

【行動距離】85km

【平均速度】15.2km/h

【最高速度】30

0630 行動開始

1500 行動終了

9/24 C15- MexicaliC16

【行動距離】107km

【平均速度】16.3km/h

【最高速度】33.6km/h

0630 行動開始

1700 行動終了

9/25 C16停滞 9/26 C16- Salton Sea SRAC17

【行動距離】139km

【平均速度】16.7km/h

【最高速度】26.0km/h

 

0630 行動開始

2000 行動終了

9/27 C17- Santa&San Jacinto

National Monument C18

【行動距離】88.4km

【平均速度】12.7km/h

【最高速度】30.8km/h

0700 行動開始

1900 行動終了

9/28 C18-Lake Elsinore C19

【行動距離】113km

【平均速度】16.4km/h

【最高速度】47km/h

0700 行動開始

1930 行動終了

9/29 C19- Dana PointC20

【行動距離】59km

【平均速度】16.8km/h

【最高速度】48km/h

0700 行動開始

1400 行動終了

9/30 C20停滞
10/1 C20- Long BeachC21

【行動距離】69km

【平均速度】16.1km/h

【最高速度】52.8km/h

0700 行動開始

1300 行動終了

10/2 C22-Inglewood

【行動距離】39km

【平均速度】14.9km/h

【最高速度】33.1km/h

0730 行動開始

1300 行動終了

10/3 Inglewood滞在

自由行動

 

10/4 Inglewood滞在

自由行動

10/5 Lax- Tokyo

0500 起床

0530 Laxへ向かう

0600 Lax到着

1130 離陸

1525 帰国

 

行動詳細

9月4日 東京―シカゴ

1420成田空港集合。自転車を梱包するために今日の午前三時まで作業をしていた。ギリギリまで準備をしていた。聞けば他の2人は自分よりもっと酷かった。一人は7時に準備がおわったとか。忘れ物が無いか不安を感じながらの出発になる。そして同じく4日にシカゴの空港に到着。早速空港にあったマックに行って昼ご飯を食べる。そのあとは何もすることがないのでグタグタしていた。空港で夜を明かすわけだが、予想以上に小さくて椅子が少ない。仕方がないので座って寝ることになるが、全然寝れない。何度も起きながら朝が来るのを待った。

 

9月5日  シカゴーロスカボス

今日はメキシコに入る日だ。飛行機に乗ってロスカボスに行く。メキシコ入国のスタンプを貰ってメキシコに降り立つ。空港の入り口は南国の音楽と白人で満たされていた。そんな中、自転車の段ボールを持って自転車を組み立てられそうな場所を探す。人気が少ないところで自転車を組み立ててくると、物珍しそうにメキシコ人が集まってきた。ジェスチャーを交えて会話をしていたが、だんだん面倒になってくる。ささっと自転車を完成させて市街地に向かう。途中に見つけたホテルに泊まることになる。

 

9月6日 ロスカボス停滞

今日は買い出しと観光。ホワイトガソリンを買いたかったが、どうやらラパスにしかないようだ。仕方がないのでガソリンを買うことにする。その後あたりを歩いてみることにした。リゾート地というだけあり、ホテルがたくさんある。ホテルしかない。つまらないのでホテルに帰ることにする。いよいよ明日からツーリングが始まる。それぞれどんな気持ちだったのだろうか。

 

97日 San  jose del Cabo – Todos Santos手前C1

ホテル出発。平坦な道が続き、一昨日来た空港付近に来たところで一人のおっちゃんに会った。これからLos Barrilesに行くと伝えると、もっと楽な道があるからそっちから行けとアドバイスをくれ、その道を使っていくことにする。しかしこれが間違いであった。教えてくれた道は工事中で通行できなかったのだ。おかげで予定では半島の東から北上する予定が、気付けば半島の西に来てしまっていて、いきなり道を間違えることになった。仕方がないので今日の目的地を変えて西側から北上することにする。予定よりも20-30kmくらい距離が伸びてしまった。しかもまさかの雨が降り出す。距離が伸びたり、雨が降ったりで、本当に目的地に着くか不安になる。初日から予備日を使うのはまずいと思いながら走っていた。日没前に目的地手前まであと10㎞のところまで来たが、暗くなるので今日はこのあたりで泊まることにする。テントを張る場所を探していると、一人のおじさんが話しかけてきた。泊まる場所が決まっていないなら家に来てもいいと言われ、好意に甘えて今日はおじさんの家に泊まることにする。家に着いてみれば、プール付きの家だった。夜遅かったがせっかくなのでプールに入らせてもらった。

 

9月8日 C1-La PazC2

夜中に雨が降った。割と雨は降るのだろうか。日本で調べた情報だと降水日2-3日程度だったので不思議だった。朝には止んでいたので計画通りに出発する。しかし、出発して間もなく天気が崩れ始めた。予想もしていなかった土砂降りの雨。さすがに漕げなかったので雨宿りして雨が弱まるのを待った時もあった。雨は降ったりやんだりを一日中繰り返した。いきなりこんな過酷な環境を走ることになり疲れがたまる。これからもこんな天気かもしれないと思うときつい。明日は晴れて欲しいと思いながら走り続けた。

 

9月9日 C2-Wild campC3

今日は快晴だ。気分は軽く、出発したがLA Pazの道は複雑だった。昨日通った道まで行くのに一時間迷った。しかも、その後も道を間違えて良く分からないところを走り続けた。結局、予定の道と合流できたが疲れる。道に不安を感じながら走っていると精神的に疲れる。その後の道はアップダウンの連続で体力を持っていかれる。西原が連続でパンクし、いきなり2本のチューブを使ってしまう。なんだかトラブルが続く。西原がパンク修理をしている間、横になっていると一台の車が心配して泊まってくれた。その人はなんと水をくれた。暑くて水が欲しかったところだったので、ありがたかった。しかし、道路で横になっていると心配されるので注意が必要だ。今日は道まで着かないので途中で水を補給して、適当なところで幕営する予定だったが、なかなか水を補給できない。日没近くになってお店を一軒見つける。助かった。その店にいって水を買い、その庭にテントを張らせてもらうことになる。初めての野営だったがなかなか快適だった。特に夜の星空はとてもきれいだった。

 

910日 C3-Ciudad ConstitucionC4

トラブルなく走れるように思いながら出発する。ここから先は一本道なので昨日みたいに道に迷うことはないだろう。パンクもなければいいと思っていた。しかし、そうはいかなかった。今日もパンクが起きた。このペースでパンクが起きると間違いなく誰かのチューブが足りなくなる。どこかでチューブを買おうという話になる。一方それ以外は順調に進み、目的地に着く。今日はホテルに泊まることにした。

 

9月11日 C4 -LiguiC5

いつものように走り始める。ここのところアップダウンばかりで平坦な道は少ない。これから先もこんな感じだと予想できるようになってきた。目的地近くで一人のメキシコ人が話しかけてきた。彼曰く、ここから先は目的地まで下りだという。しかし、実際に走ってみると全然アップダウンがあった。メキシコ人はテキトーだと確信する。Liguiに着くと、水を補給して野営地を探す。民家は雰囲気が悪かったので、ダートを少し入ったところにテントを張ることにした。沿岸部は蚊などの虫が多く不快。しかも、夜に気温が下がらないので暑い。テントに入るともっと暑い。

 

9/12 LiguiC5)― Playa Armenta (C6)

0800にLiguiのC5を出発。起伏の多い海沿いの道を進む。途中の町Roretoで水を補給した後山道に入る。地図ではRoretoより先のルート上に集落の表記が複数あったが実際にはサボテンしかない場所だった。そのせいで水が不足した。Playa Armentaには1900過ぎに到着したが、付近で民家を探し水の調達をしていたため、実際に行動を終了したのは2000くらいだった。

 

9/13 Playa Armenta(C6)  Santa Rosaia(C7)

0700に行動を開始。C6を出発し再び海沿いの道を進む。2時間ほど進んだあたりで集落を見つけ水を補給する。その後にも集落が複数あったため、水を十分に補給しながら進んだ。1600くらいにSanta Rosaiaまで20キロを示す標識をみつけたが、その直後から長い坂道が始まったため体感的には30キロくらいあった。Santa Rosaiaには1800くらいに到着、1900にはC7(ホテル)に着いた。

 

9/14 Santa Rosaia(C7) ― C8(wild camp)

0730にホテルを出発しGuerrero Neguroへと向かう。直後から山道に入るが、比較的大きい集落がルート上に点在していたので水や食料等の心配はなかった。1800 まで行動したあとGuerrero Neguroへ続く山道の途中にあるレストランで水を補給し店の前でテントを張らせてもらった。

 

9/15 C8  Guerrero Neguro(C9)

0740にレストランを出発。昨日に続き山道を進む。途中にあった集落にあったレストランでタコスを食べ、さらに進んだ。1900前にはGuerrero Neguroの町に入りホテルを探し始めた。どのホテルも空調設備がないくせに宿泊料はかなり高めだった。結局、比較的安いモーテルに泊まることにしたが部屋の中はサウナのように熱がこもっていた。暑くて寝られなかったので村田と西原は部屋の前にテントを張って寝た。

 

9/16(メキシコ独立記念日) Guerrero Neguro

停滞日。村田が蚊に刺されまくる。

 

9/17 Guerrero Neguro(C9)  Rosarito(C10)

出発前に銀行に行きお金を両替していたため、出発が遅れ1100になる。Guerrero Neguroの町を出てからすぐに州境のゲートを通過し半島北部に入る。比較的平坦な道をひたすら進んだが、横風が強くあまりスピードが出なかった。途中の集落で昼食をとった後から山道が始まり半島内陸部へと進む。1900ごろ集落に到着。村にあるレストランの中庭でテントを張った。

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9/18 Rosarito(C10) ― C11 (gas station)

諸事情によりC10出発が1230になるが1700にはC11に到着。ガソリンスタンドだった建物の近くでテントを張った。

 

9/19  C11 ― Bufeo(C12)

0630にC11を出発し半島東側のBufeoへと向かう。途中にあるChapalaという集落で休憩した後Bufeoへと続く未舗装路を40キロほど進む。事前情報では未舗装区間は70キロ以上とのことだったが、約半分の区間が舗装されていた。将来的には全区間において舗装が行われるようだ。1900にBufeoに到着しこの日は偶然出会ったおじさんが所有するトレーラーハウスの1台を借りて寝た。

 

9/20  Bufeo(C12)  Puertecitos(C13)

0600にC12(トレーラーハウス)を出発する。海沿いの道を進み1300過ぎにはPuertecitosの集落に到着。この時期はオフシーズンらしく、集落には人が少なく活気がなかった。集落を見下ろす高台にあった商店の軒下でテントを張らせてもらえた。

 

9/21 Puertecitos(C13)  San Felipe(C14)

0630に商店を出発しSan Felipe へと進む。1300にはSan Felipeの町が見える場所に到着していた。町に入ってすぐに日本と同じくらい近代的なコンビニを見つけ、久しぶりの文明を味わう。昼食をとった後1430にホテルに入り行動を終了した。

 

9/22  San Felipe(C14)

停滞日。

 

9/23  San Felipe(C14)  La Ventana(C15) 

0630にC14(ホテル)を出発。アメリカとの国境にある町Mexicaliへと向かう。平坦で走りやすい道を進み9時間ほどでLa VentanaC15に着いた。ガソリンスタンドの廃墟の下でテントを張って寝た。

 

9/24 C15- MexicaliC16

道はわりと平坦で辛くはなかった。途中までずっといつものメキシコの風景。メヒカリ付近になってやっと近代化した街並みが現れた。村重のお腹の調子が絶不調。メヒカリで停滞することを決定。ホテル探しに少々手間取り、日が暮れる。夜のメヒカリにてチャリを漕ぐ。らりった女に声を掛けられる。なぜか笑顔でそいつと握手する村重。

9/25 C16停滞

ほとんどホテルでゆっくりしていた。昼間はスーパーで買い出しをし、帰ってきたら皆夕方まで寝ていた。

 

9/26 C16- Salton Sea SRAC17

国境を超える。税関で怪しまれる。通過するのに約20,30分はかかったかもしれない。そこからはアメリカでただただ平坦な道を通った。しかし、景色が変わらず辛かった。絶対139km以上あった気がする。寝床であるキャンプ場が思いのほか遠く、結局また日が落ちる。道に針金等がたくさん落ちていてパンクも2,3回した。夜は謎のカンボジア人と食事をした。アメリカンドッグやホットドック、白いご飯をタダでくれた。人の温かさに触れた。

 

9/27 C17- Santa&San Jacinto National Monument C18

走行距離は少ないが、鬼のように続く登り。くねくねとした登り道を時速7,8kmでゆっくりゆっくり登った。

 

9/28 C18-Lake Elsinore C19

前日登ったため、この日はわりと下りだった。湖のほとりでキャンプだったが、日が落ちていて湖は真っ暗だった。キャンプファイヤーをした。

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キャンプファイヤー。飲んでないとやってられない。
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朝焼け

9/29 C19- Dana PointC20

序盤はまた登りだったが、一昨日ほどではなかった。そこから一気に下り、何もないようなところを通った。その後は南カリフォルニアの裕福な地域。とても綺麗でゴミが少なかった。移動距離が少なかったので、昼ごろについたが、することもなく付近をぶらぶらした。キャンプ場では日本に住んだことのあるサンディエゴ在住のアメリカ人チャリダーに遭遇。楽しそうに話したが、どことなく神経質なところがメキシコ人との違いだと感じた。

 

9/30 C20停滞

 

10/1 C20- Long BeachC21

パシフィックコーストハイウェイを通り、ビーチを横目に自転車で駆け抜けた。よく晴れていながらそこまで熱くもなく、漕ぎやすかった。しかし、昨日までとは打って変わって貧困地域での滞在となった。もちろんホテル。人種構成は主に黒人、ヒスパニック、たまにアジア人。カンボジアタウンがあった。

 

10/2 C22-Inglewood

序盤はずっとビーチの横を走るパシフィックコーストハイウェイを通る。途中モールに寄る。空港にいけば空港ゴールとなってキリがいいかと思ったよくわからないけど空港を通らないルートで最終地点のホテルに到着。ツーリングについては書くことが特にない。

 

10/3 Inglewood滞在

自由行動

 

10/4 Inglewood滞在

自由行動

 

10/5 Lax- Tokyo

0500 起床 0530 Laxへ向かう 0600 Lax到着 1130 離陸 1525 帰国

 

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装備報告

事前準備

一通りのスペア用品は持って行った。多量の水を携行する可能性があったので、ボトルケージを出来るだけつけたり、ハイドレーションを使うなどの工夫を各自した。

 

概論

計画に著しい影響を及ぼすような故障はなかった。しかし、3週間弱の走行の中で多数の故障が起きた。一つ一つは大したことが無くても、積み重なればその影響も無視できない。事前に出来る限り起きうる故障を予想してスペアを用意するなどの対処が必要だった。以下に装備に関することをまとめる。

 

省察

装備面で特に目立ったのはパンクの頻発だ。路上にある多数の針金やオフロードが原因でパンクが起きた。現地でチューブを補充しようにも米式しか手に入らず、仏式バルブの隊員は予備チューブを補充することが出来なかった。パンク対策としてパンク防止剤が有効だが、これが使えるのは米式バルブである。チューブの事を踏まえれば海外ツーリングには米式のチューブが最適だと思われる。

水の携行に関して、リュック主体だと携行できる水の量はサイドバック主体に比べて少なくなる。ザックの容量や体に掛かる負荷を考えれば当然とも言える。乾燥地帯の無補給区間を走行する際にバック主体であるならば、入念な準備が必要だろう。

砂漠の内陸は冷え込む一方、沿岸部は気温が夜になっても下がらなかった。内陸にいるときはシュラフを使って丁度いいくらいの気温になり、沿岸部では外で寝て丁度いいくらいの気温になった。沿岸か内陸かで夜間の気温は大きく異なるので自分たちが通る道をよく見て防寒着等は持っていくようにするべき。

 

ヒヤリハット

①バックルの破損:サイドバックのバックルが破損した。今回は余分にサイドバックを2つ多く持ってきたので問題にはならなかった。しかし、バックルの予備は準備していなかったので、もし余分なサイドバックが無ければ行動に支障をきたしていた。

②空気入れの不具合:うまく空気が入れられなくなった。空気入れが駄目になれば計画はそこで終了になる。出発前に点検することが重要になると共に、スペアを用意できるならするべき。

 

故障一覧

9/5 サイドバックのバックル破損:預け荷物にしたことが原因。(村田)

空港での没収おそれナイフ持ってこない(西原)

9/5 サイドバックが余分にある。両者(村田・西原)の勘違いから。

9/6 パンク二回(西原)

9/7 走行中にサイクルコンピューター落とす(西原)

雨により自転車のライトがつかなくなる(西原)

パンク二回(村重)

空気入れに不具合(村重)

9/9  パンク(西原)

9/10 パンク(村田)

9/18 パンク(村重)

9/19 パンク オフロード(村田)

9/24 パンク二回(西原)

9/26 パンク(村重)

パンク(村田)

9/28 パンク(村田)

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ブリトーとタコスはとてもおいしい。しかしどこも味が変わらず結局飽きた。

総括

【全体総評】

2000㎞に及ぶ長距離ツーリングの行程を計画通りに達成できた。体調が崩れたり、パンクが頻発するなど不安要素は多々あったが無事にLAに到着できたのは、メキシコ人や隊員の協力のおかげだろう。

 

【計画省察】

〔道の状況について〕

大部分の道が舗装されていて走りやすい。主要道路で、数年前まではダートと言われていた区間も今は工事が行われて近いうちに完全に舗装道路になるだろう。一方主要道路以外はまだまだ未舗装で、街中の道も全て舗装されている訳では無い。町が無い区間でも、50㎞間隔くらいで店があるので水などは補給できる。ただし、値段は都市に比べて非常に高い。また、道中に日陰は無いので休憩は強い日差しの下になる。

 

〔期間の妥当性〕

今回は出国から帰国まで33日間の活動だった。ハリケーンなどに備えて予備日は6日間に設定した。ハリケーンでの停滞は結果的には無かったが、長期間になればなるほどトラブルも起きやすい。実際、体調を崩し休養をとるために予備日を数日使った。LAでの滞在が3泊になったことを踏まえれば、適当な期間だったと思われる。

 

〔連絡体制〕

過疎地帯を走るので衛星携帯電話を使った。そのため連絡が取れないという状況にはならなかった。確かに衛星携帯電話が無ければ連絡できない箇所もあったが、6~7割ぐらいはWi-Fiや現地回線の電話を利用できたのではないだろうか。現地に行くまで、そこのネットワーク環境を正確に知るのは難しいが、道路状況も踏まえれば今回の活動で衛星携帯電話を使わなければいけなかったかというと、使わなくても何とかなった気がする。主要道路を走ったので何かあっても車に助けを求めることが容易だった。今後は電波状況のみならず、交通量も考慮に入れて衛星携帯電話の費用対効果を考えるべきだろう。

 

〔自転車輸送〕

自転車の空輸にはお金がかかる場合がある。特にアメリカやヨーロッパなど長距離国際線は必ず追加でお金を払う必要がある。その時、トランジットで荷物をピックアップしてしまうと、もう一度追加料金を払う羽目になってしまう。つまり、空港で一泊するスケジュールだと荷物を一度ピックアップするので翌日もう一度追加料金を払うことになるので注意すること。また、空港では自転車はオーバーサイズの荷物扱いで特別な窓口に持って検査される。この特別な窓口にもっていかないと自転車がlostもしくはdelayするので忘れないようにする。

 

〔宿〕

まず候補に挙がるのが現地の安宿だろう。しかし、安宿と言っても何度も利用すれば出費は嵩む。そこで選択肢に入れたいのが民家だ。民家と言ってもいきなり訪ねて泊めさせてくれと頼むわけではない。Warmshowersやcouchsurfingといった互助組織を利用して無料で民家に泊まるのだ。現地の情報を手に入れる意味でもこうした組織の人に入っている人の家に泊まることは有益だ。特にwarmshowersの人なら自転車に詳しい場合があるので、トラブルが起きても何とかなるかもしれない。しかし、何らかの事情で宿泊を断られる可能性もあるので頼りすぎないようにするべき。また、都会の安宿は悪質なところもあるので事前に口コミ等でチェックするべき。

 

〔水・食糧〕

バハ・カリフォルニアは乾燥地帯のため水は非常に貴重だ。そのため調理に回す水は確保できず、朝食と夕食はパンとサルサソースと日本から持ってきた塩コショウになってしまった。行動水も全てを携帯することは無理で途中途中で補給しつつ進んだ。ボトルケージとハイドレーションを活用すれば10Lほどの携行は可能だろう。1日の水の消費量は3Lとみて計画を立てるといいかもしれない。

 

〔言語・人〕

基本的にスペイン語。スペイン語を少しでも話せると割とスムーズに物事が進む。英語が通じる人もたまにいる。メキシコ人は優しいがいい意味でも悪い意味でもテキトー。彼らの言っていることは真に受けない方がいい。

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アメリカ西海岸ビーチの一風景

感想

<西原>

今回の遠征は決して楽なものではなかった。気温の高さは言うまでもないが日焼けで手や足の皮がむけ、水ぶくれができることもあった。永遠にアップダウンの続く道やあんなに険しい山道は今までに体験したことのないものだった。活動を終えて帰国した今、やっと終わったというのが私の素直な感想である。大学3年生である私はあと数か月もしないうちに就職活動が始まり、(うまくいけば)あと1年半くらいで社会にでて働き始めることになる。

この先の人生で1ヵ月もの間自転車を漕ぎ続けるようなことはもうないと思うと安心する反面、少し寂しいような気もする。今後の人生で何か困難に直面することがあってもアメリカやメキシコの坂を走りぬいたあの気力をもって乗り越えていきたい。そして今回の遠征のことを楽しかったと思い出せるようになったら、また自転車でどこか遠くに行きたい。

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<村田>

1か月のあいだで様々なことがあり、それを感想にまとめるのは難しいが、やはり個人的に一番印象的だったのはあのメキシコ独特の景色だろうか。高い山がほとんどなく、どこまでも続く地平線が360度広がり、そして、その荒野に決して微動だにしないサボテンがポツポツと存在する。あのような景色は世界中どこを探してもメキシコのバハカリフォルニアにしかないだろう。夜になれば、星が輝きだし、はっきりとした天の川と流れ星がいくつも見える。最高に自然を満喫した旅であった。

二番目はメキシコ人の明るさ、温かさである。売店で休憩しているときには何度も声をかけられた。その度にいいね!すごいね!気を付けてね!などと言ってくれるメキシコ人に私たちは元気を貰った。砂漠のど真ん中に住み、周りに何もない人でも楽しそうに明るくしていた。日本で悩んでいることがあまりにちっぽけに思えてきて、彼らといると楽しかったし、明るくなれた。4,5日のあいだ野宿が続いたり、蚊に体中刺されたり、ひたすら急な登りだったりととても苦しいことあったが、それらを吹っ飛ばしてくれたように思う。メキシコを活動地域として選んで本当に良かった。得るものの多い楽しい旅だった。

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<村重>

メキシコは美しかった。サボテン、星、人、砂漠どれもが新鮮な感動を与えてくれた。膝が痛かったり、体調を崩したりして辛い時もあったが、それでもお釣りがくる。そして、今回の活動はこれまでの活動よりも多くの人によって支えられた。隊員や探検部員は勿論、水を分けてくれた現地の人、装備を提供してくれたモンベル社などの多くの支えの下に今回の遠征は実現した。本当にありがとうございました。

人類のこれまでの発明品の中で最も偉大な発明と言われるものの一つに「車輪」がある。馬車、歯車、滑車など様々な分野に応用され産業発展の基になったことがその理由だ。そして、その車輪を使った最も原始的な仕組みで動く乗り物が「自転車」である。21世紀の時代にあえて原始的な乗り物でバハ・カリフォルニアという厳しい環境下を走る中ことで、何かしらを思うところがあったと思う。荒野の中に一軒だけある家に住む人がいた。なぜそこに住む?商売になるから住んでいるのだろうか。なぜ電気が無い家に住む???私にとってとにかく謎がメキシコにはたくさんあった。気付かないだけで、未だに世界は謎にあふれているようだ。世界に行かなくても謎はあるだろう。当たり前のことと思い、気付いてもいないのが悲しい。

最後に。探検部という組織は世代間での活動のつながりが薄い。それ故に技術の蓄積も難しいし、あっという間に途絶えてしまう。だから探検部で何か始めようとしても、受け継がれてきた技術がないので、一から始めなければいけないという特徴がある。自転車活動も例外ではない。しかし、そういったデメリットを克服してこれからも様々な活動が早稲田大学探検部で展開されることを期待する。

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お疲れ様でした。

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