一寸法師 道頓堀川川下り

一寸法師 道頓堀川川下り

以下の活動を早稲田大学探検部主催で実行した。

文責 下川知恵

概要

竹を用いてイギリス ウェールズに伝わる伝統舟「コラクル」を製作し、実際に川下りを行う。最終目標は大阪の道頓堀川。道頓堀川を下るというアイデアは、食事会でのふとした発言からヒントを得た。

目的

近現代に文明・経済・流通が著しく発展する以前、自分たちのために何かを生み出し利用するという行為は、あらゆる地域の生活の中にあったはずだ。だが、都会に生まれ育ったわたしは、生まれてこのかた文明に頼りっきりで生きている。必要なものは大抵、金さえあれば入手できる。消費するのは顔も知らない誰かによって生み出されたものばかりだ。わたしには自分の手で作った道具を使用したり、自分の手で手段を生み出すという経験がほとんどない。だからなのか、「道具・手段の創出」という人間の当然の営みにロマンを感じる。特に、世界規模で文明が発展していくいま、昔から受け継がれ作られ続けてきた道具というのは、その土地で生きる人々の生活とよほど密接に関わってきたのだろう。この文明も、いまや人間の代わりに何かを造るロボットも、過去を辿れば 道具・手段の創出、改良という地道な人間の営みによって築かれたのである。

最先端の精密な文明機器が溢れる日本で、いま私が何を生み出したところでなににも敵わないだろう。利益という利益もないだろう。言うなれば自己満足だ。ただこの漠然とした憧れのようなものと好奇心を堂々と追うことができるのは、わたしの知る限り、ここ探検部だけである。わたしは何もないところから「探検」を考えた結果、この活動を計画するに至った。探検と繋がるのかはよくわからない。しかし私にとって初めての「解」であり、探検部CLとして初めての活動になる。

メンバー

CL 下川知恵

SL 小林沙利恵

記録  朝比奈 夕鹿

コラクルについて

皮舟とは,柳などの枝で骨組みを組んで外側に獣皮をかぶせたものをいう。皮舟の代表的なものの一つが,イギリスやアイルランドの河川で用いられているようなコラクルcoracleと呼ばれる舟であるが,似た形の皮舟は古代メソポタミアでもすでに知られていた。このほか,エスキモーのウミヤックカヤックなども皮舟の一種である。

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−世界大百科事典より

我々はイギリス ウェールズに伝わるコラクルを製作することにした。

他にもベトナムに伝わるトエントンという竹舟や、日本ではたらい舟が存在するように、お椀型の小舟はかつて世界各地で普及していたのだ。

計画書からの変更

  1. 川下りではなく川上りに変更した。
  2. 初日は台風のために行動順序などを変更した。
  3. 朝比奈が活動後、大阪での滞在期間を1日延長した。
  4. 大阪から東京への舟の配送で、梱包が間に合わず、クロネコヤマト事務所に頼み込む形で配送した。
  5. 船乗り場の鍵を事務所に返却する時間を設けておらず、急遽一人事務所へ送る必要があった。隊員内で二手に分かれて行動することになった。

 

上記の問題点

結果的に運良くヤマト運輸さんのご厚意で舟を回収してもらえたものの、大阪から東京へ舟を送ることができなかった可能性がある。また、こうしたトラブルによって解散後の夜行バスに遅れる可能性もあった。

事務所が18:00頃まで空いていたために対処することができたが、計画では考慮が抜け落ちており、鍵返却の時間を設けていなかったため、当初の予定より慌ただしくなってしまった。

上記の原因

1.利用するヤマト運輸事務所の閉業時間をあらかじめ確認していなかった。

2.計画段階での To Do整理が甘かったために慌ただしくなった。

またかかる時間など、予測することができなかった。

3.舟の梱包に時間がかかり、いずれにせよ閉業時間に間に合わなかった。

改善案

いずれもインターネットで調べればすぐに確認できたことなので、準備段階で把握することはできた。操船時間も影響することなので、計画段階から梱包時間等まで予測して分刻み計画をすることは困難だったが、それはまた別問題である。すべきこと、タイムリミットを把握しておくだけでも、当日の行動がもっと余裕あるものにできたはずだ。

コラクル製作の工程

❶長さ2m以上の太い竹を割り、内側の節を除去する。

❷フレームに渡される長椅子となる板を用意し、角材の足をつける。

角材は船底からの高さを決めるため重要。目安は30cm程度。

❸割った竹二本を組み合わせ、タマゴ型のフレームを作る。

タマゴ型のおおよそ半分の場所で、長椅子とフレームを固定する。

❹船底部分の骨組みになる竹を編む。なるべく動かないように固定する。

❺編んだ竹の上に、先ほど作ったフレーム・長椅子を設置する。

❻編んだ竹を起こし、フレームに固定する。

余分な竹は切り落とし、紐で補強する。

❼皮や防水シートで外側を包み、内側に折り込む。

タッカーなどを用い、なるべくシワのないように仕上げる。

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日付 活動内容
6/15 日本コラクル協会会長 中村さんからコラクルについてお話を聞く。
7/7,7/13 竹の入手(東京港野鳥公園)
8/2~8/10 コラクルの製作
8/11~13 白丸湖での練習 その1
9/3~5 補修・改造・白丸湖での練習 その2
9/15 ヤマト便でコラクルを配送(→大阪)
9/20 活動メンバーが大阪で合流。道頓堀川の下見・前日準備。
9/21 道頓堀川を遡上し、最終目標を達成。
9/28 送り返したコラクルを回収。倉庫に保管。

主な活動過程

最終活動の道頓堀川だけが本活動ではない。

むしろ過程こそが当活動の醍醐味である。

活動記録・結果

6/15  日本コラクル協会 会長 中村俊一さんを部室に招く。中村さんは、イギリスのウェールズでコラクルの製作方法を伝統的な職人から学んだのち、日本で何艘ものコラクルを製作している方だ。突然のアポにもかかわらず群馬から遥々と駆けつけてくださった。車には印刷した資料やライフジャケット、コラクルが積まれていた。集まった部員と説明を聞く。さらに、持参のコラクルを一艘いただけることになり、ありがたく頂戴した。このコラクルは我々が製作するコラクルの貴重な現物資料であっただけでなく、最終活動日まで大活躍してくれた。中村さんは、この説明会の後も大変丁寧にサポートしてくださった親切な方だ。中村さんオリジナルの大きな名刺は今も部室の壁に貼ってある。

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7/7

舟の材料となる竹を取りに行く。この活動でSLを務め、相方となる小林と二人。東京の近場で竹を提供していただける場所を見つけるのにはかなり苦労した。協力していただいたのは、「東京港グリーンボランティア」の方々だ。Facebookからアポ取りに挑戦したため、レスポンスがくるかという点では当初あまり期待していなかったが、迅速な返信をいただいた。後に知ったことだが、当団体は日本で唯一 何十年にわたって月間の団体誌を発行しているらしく、マメな印象を受けた。

到着するとボランティアの方々が暖かく迎えてくださった。持ち寄りのお菓子をいただきながらおしゃべりを楽しんだ後、いよいよ竹林に案内していただく。中身は空洞な竹だが、切るのは想像以上に疲れる。汗だくになりながらの作業。久々に蚊の煩わしさを思い出した。そんな中で、「この竹がいいんじゃないか、あっちの竹のが太いんじゃないか」とボランティアの方は親身に手伝ってくださった。作業後は、冷たくておいしいコーヒーを飲みながら、団体代表者の八木さんのお話を聞いた。小林は作業が終わり気が緩んだのかうとうとしていた。この日は切った竹を公園に置かせてもらい、後日回収することにしていた。七夕だったので、良い竹を一本お土産に部室へもどった。

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7/13

竹を回収するためレンタカーを借り、幹事長 細貝さんに車を運転してもらう。行きも帰りも探検の話が尽きず、個人的に大変楽しい時間だった。幹事長と長い時間二人で話したのは初めてだった。普段からよく話している同期や一つ上の先輩とはちがう緊張感がある。わたしはこの夏、当活動でCLを務める。少し真面目になって探検部のいろいろを語り合えたのが嬉しかった。竹は無事に運び終えることができた。ボランティアの皆さん、細貝さん、学生会館への搬入を手伝ってくれた部員に感謝している。

8/2~8/13

舟の製作に取り掛かる。多くの部員から協力を得た。慣れない竹を扱い、なかなか手際よく作業が進まない中で、中村さんからいただいたコラクルが現物資料として大変参考になった。さらに、ビデオカメラでその工程を記録した。だが作業との両立の関係で撮影を逃してしまった部分が多かったのが悔やまれる。結果的に製作にはかなりの時間がかかった。しかし、だんだん船の形が出来上がっていくのにともなって、この計画への気持ちも高まってきた。

8/13

コラクルの練習予定地である白丸湖へコラクルを運ぼうと試みる。作業日程がおしていたため、この日は午前中まで船に防水用のタールを塗りつけていた。それが乾ききらないうちに運ぶ必要があった。片道およそ二時間。ブルーシートにコラクルを包み、スズランテープで頼りない補強をして運び始める。だが大きさと重さのわりに、摑める場所がなくむちゃくちゃ運びづらい(ホイルに包まれた巨大ハンバーグを運ぶような感じ)。補強したスズランテープは、早くも学生会館を出る頃に解けてしまった。中村さんからいただいたコラクルも湖へ持ち出すので、小林と一人一艘持たねばならない。さらに乗るはずの電車まで時間もない。ブルーシートに包まれたコラクルは早稲田駅まで引きずられた。なんとか電車には乗り込めたものの、引きずられたコラクルは外側のブルーシートから裂け、二枚重ねの防水シートも削られ、骨組みの丈が覗いていた。こうして防水加工はお釈迦になった。それでも白丸湖にはまだ遠く、船を担ぎながらひたすら電車をハシゴする他なかった。間もなくさらなる災難が降りかかる。乗り換えの電車を間違えたのだ。奥多摩方面へ向かう電車は少なく、一度逃したり乗り間違えれば30分、1時間はゆうに到着時間が遅れてしまう。時間に押され焦っていたが、コラクルを担ぎながら分刻みの乗り換えをこなすのに精一杯で、乗り間違いなど互いを責める気にもならなかった。一方でこの誤りは思いがけず素敵な縁をもたらしてくれた。電車内、コラクルに興味を持ったおじいさんから声をかけられる。おじいさんは早稲田大学の出身で、さらに当時の早稲田大学探検部をご存知とのことだった。「探検部は昔から洞窟や山で面白いことをしていたからね、覚えているよ!」外部の方との思わぬ出会いによって、初めて早稲田大学探検部の存在、アイデンティティ、歴史を実感するとともに、部の活動を受け継いでいるという自覚を呼び起こされた。部員としての誇りと責任感を感じる。

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白丸駅に到着。「奥多摩ヒメボタル調査」(計画したものの大雨の危険性から断念)で訪れるはずだった無人駅だ。この駅のそばに白丸調整池があり、休日はカヤッカーで賑わう。到着した時にはすでに夕間を匂わせていた。置き手紙を添えて無人駅の待合室裏に一晩置かせてもらうことにした。

8/11~13

翌朝 白丸駅には昨日のままのコラクルが残っていた。青梅街道から30m程下ったところに湖面が確認出来る。しかしどこから降りたら良いかわからず、湖岸へのアプローチルートを見つけ出すまでに小一時間彷徨うことになった。結局、その入り口は駅のそばのバス停脇に見つけた。ひっそりと階段が伸びている。足場の悪い坂を下って行くと赤い鳥居が現れる。その両脇をさらにもう少し下ると急に視界がひらけ、緑の湖が現れる。遠くにかかる橋が一層広さを感じさせた。流れもなく、穏やかな湖だった。着水させてみると、案外しっかりと水に浮く。2Lペットボトルを一艘につき5本、重りにするとかなり安定した。前日破けてしまったコラクルは、しばらくするとやはり浸水してきてしまった。牛皮のコラクルも、一方よりは耐水性があるもののじわじわと内側に水が染みてくる。改良を試みる必要があった。

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コラクルは漕ぐたびにお椀のような船体が右に左に大きく回ってしまう。少しの流れや波といった外からの影響に弱かった。性質上、ただまっすぐ進むことさえなかなか難しい。しかし、漕ぐ姿はなんとも一寸法師だった。たまにカヌーをしに来た人たちが、コラクルを一目見るや「一寸法師舟みたいだね」と声をかけてくれるのが嬉しかった。コラクルの改良は9月の練習まで持ち越すことになったが、8月の残りの日程は15~20m程離れた対岸に渡ってみたり、岸から見える範囲での練習を行った。

9/3~5

前回の練習から半月ほど経った久々の練習日。この間、東京は台風に見舞われた。カヌー置き場の奥に置いていたコラクルは損壊が案じられたが、幸いカビの被害だけで済んだ。この日はタッカーや補習テープ、張り替え用の防水シートなどを携えて向かった。中村さんから頂いたコラクルは伝統的な型を再現するためホルスタインの皮を用いていたが、悩んだ末、今回の活動では両船ともに防水シートに張り替えることにした。二枚の防水シートの両面にタールを塗りつけた。二艚とも補修を終えると、二人同時の練習が可能になった。これまでの練習は見える範囲での操船のみだったが、本番前 最後の練習になる9月上旬は岸から見えない場所まで漕ぐことにした。補修したものの相変わらず浸水が一番怖い。深さも知れない湖を漕ぐ。浸水や転覆なく安全に戻ることができるか不安だったが、最終的に1時間かけて片道700mを行き来し、なんとか無事に還ることができた。岸からは見ることができない場所に舟で漕ぎ行くという行為はわたしの胸を踊らせた。本番は3kmの距離を漕ぐことになる。不安もあり、楽しみでもある。

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9/15

コラクルを大阪へ事務所どめで配送する。梱包に半日かかってしまった。せっかくなので防水シートの補修の後コラクルの船底に筆文字を加える。

9/20

最終活動1日目 下川・朝比奈は京都から、小林は東京から、朝9:30に新今宮駅で集合した。ホテルにチェックインし、荷物を整理する。この日は台風が大阪を通過するという。船の修復道具など必要なものを集めるため、徒歩で天王寺方面へ向かうが、風雨ともに強いため、近くの喫茶店へ避難し昼食をとった。13:00には臨時閉店してしまうらしく、仕方なく店を出た。雨の中天王寺の東急ハンズに向かう。ショッピングモールで補修道具など必要なものを買い足した。14:00天満橋駅に移動し、事務所にて船着き場の鍵を受け取る。また台風と川の増水、荒れ方などについて聴き込みをしておく。駅に戻るが、雨が強いためしばらくマクドナルドで待機することにした。16:00 天満橋を離れ実際に道頓堀川の下見を行う。ゴール地点の日本橋から、トンボリリバーウォークという遊歩道を通過し、FM大阪のあたりまで歩いた。朝比奈はこの間もずっと映像を記録していた。このころには雨は止んでいた。道頓堀川は水門が水量を管理しているからか穏やかであった。一時は天候が危ぶまれたが、ついに道頓堀川に挑戦できそうだ。晩飯は道頓堀名物のお好み焼き・たこ焼きをたらふく食した。宿に戻り、下川と朝比奈は近辺にある銭湯で体を休めた。明日は活動最終日。

9/21

7:00起床。すぐに身支度を始めた。わたしと小林は一寸法師に変身する。買っておいた朝ごはんを頬張り、宿のチェックアウトを済ませ日本橋駅へ向かう。駅を出ると、黒門市場というアーケード商店街がある。その付近のヤマト事務所にコラクルが届いているはずだ。2つのデカいダンボール団子を受け取り、梱包を剥がす。いざ出発。舟の始発点は京セラドームの側にある大阪ドーム岩崎港だ。近隣の公園で最終確認、水漏れチェックなどを行う。12:30 船着き場を出発。ここからおよそ3km、川を上りきることができるのか。

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%e3%82%b3%e3%83%a9%e3%82%af%e3%83%ab%ef%bc%91%ef%bc%90船着き場を出発早々、懸念が生まれた。道頓堀川の始まり「道頓堀川水門」にたどり着けるかどうか。船着き場から水門までには、大きな川の交差点を通過しなければならない。パドルの水掻きしか推進力にならないため、流れに弱い。着水地点で既に逆方向からの緩い流れがあり、なかなか前進しないどころか後退していく。まずは壁を伝って地道に進むが、「もしかしたら水門まで至らずして( 道頓堀川にさえ入ることができず )活動を終えることになるかもしれない。」という予感が頭によぎる。少なくとも、水門事務所に予約した開門時間に間に合わないことは確実だった。事務所に連絡を入れ、再び一心に舟を漕ぐ。二車線道路の大きな橋の下まで来ると、流れがぶつかり合って打ち消されるのか水流はなくなった。しかし目の前には先ほどとは比にならない流れを確認する。大きな川を、小さな舟でまたがなければならなかった。何度か流れにハマって、大した抵抗もできずに流されるがままになった。穏やかな白丸湖で経験しようがないような高波に煽られて転覆しそうにもなった。さっきまでの強気はどこへやら。普段能天気な二人のくせに、このときにばかりは余裕のない空気だった。朝比奈は橋の脇からカメラを構えていた。この橋の下から水門までの距離はせいぜい50〜70m程度だが、ずっとずっと遠くに思えた。だがこの交差点を越えたらゴールは見えたようなものだ。漕ぐことだけに集中して、なんとか水門にたどり着く。ここまで1時間以上かかってしまった。やっと、道頓堀川だ。

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ここからは順調だった。いくつもの橋の下をくぐりながら舟旅を楽しむ。朝比奈は、先回りして橋の上からカメラを構える。一寸法師に目をやる街ゆく人にもカメラを向けたり、自ら言葉を交わしていた。たまに観光船が通ると、コラクルはまた縦に大きく揺れた。おしりは痛いし、指の皮は剥けるし、喉が頻繁に乾く。だが気持ちだけは常時新鮮であった。しばらくすると、見覚えのある建物が見えて来た。昨日の下見で確認した集合住宅だった。ゆっくり、着実に日本橋に近づいている。だんだんと人の姿も増えてきた。昨日歩いた遊歩道が始まると、人が直接話しかけてくれたり、写真を撮ってくれたりと、賑やかになってきた。騒がしい繁華街の間を漕ぎ続け、ついに道頓堀のドン・キホーテやビスコを通過!出発から約4時間半、やっとのやっと、日本橋にたどり着いた。

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921

夕方5時、京セラドームから3kmの舟旅を終え、私たちは今夏のコラクル活動を締めくくった。

 

メンバーの感想・反省

 CL 下川 知恵

きっと一年前の私が、大学生活が始まって早々 舟を作って川を遡っているなんて知ったら驚くと思う。舟なんかつくれたらかっこいいよなぁ、という思いつきが、いつの間にか今夏のメインプロジェクトになるとは。またいつの間にか、その舟で道頓堀川を下ってみようなんて少々ぶっとんだ目標まで達成してしまうとは。なかなか感慨深い。

感慨深いといっても、この挑戦は共感されにくい。それは友人にこの計画を紹介した時の反応の薄さが証明している。実を打ち明けるならば、私自身 計画当初この活動を本気で実現しようと考えていたのか、振り返ってみるとよくわからない。自ら計画しておいて何だが、計画審議段階から 徐々に実行可能がにおって来た時は不思議な気持ちになった。この計画に部員が真剣に審議を行なっているのも少し不思議だった。自分はこの計画を疑っていたのかもしれない。それでも計画を提出したのは、今後どんなこともバカ真剣にやらせてほしい、という早稲田大学探検部への期待があったから。このように自己分析している。

だがヘンテコ計画も、しっかり準備を積みさえすれば実現できるのだ。私が持っていた疑いとは、素朴な憧れだとか、自分の中に収めてしまうほどの小さなロマンの種に対して、こんなにも素直に向き合っていいのかという戸惑いだろう。「他人にはなかなか共感してもらえないけれど、自分にとっては意味のあること」というのは、実は誰にでも在るんじゃないだろうか。それをわざわざ社会の価値観に照らし合わせたり、自分のエネルギーに限界を定めたり、今に満足して見たりして実際に試みる人が少ないのだと思う

ちなみに私はこの計画を、バカだなとか、ヘンテコだなあと本気で考えてはいない。ただ世間の価値観に合わせて先回りしただけだ。実際は「目的」で述べたようなことを繰り返し真剣に考えながらこの計画を進めてきた。その点でわたしの感想としては、先人たちのように道具→利用というプロセスを追体験できたかというと、正直違うなと感じた。今私の暮らす環境では、我々の生活・地理・伝統・時代・目的といった様々な要素に合わせ、最大限洗練された交通手段が用意されている。そうした環境で小舟を浮かべ移動することは、「手段」ではなく「体験」だ。道具は、生活・地理・伝統・時代・目的に根ざした改良が為され進化していくものだ。コラクルは、この時代の、この都会に最も適した「道具」ではなかった。だが、実際に舟を漕いで感じた改善させるべき点を、今後小舟に反映させるならば(「改良」)、それは昔から続いてきた道具と人間の関わりを十分に実感しうるものかもしれない。

当活動では企画者となり、初めてCLを務めた。振り返って見て、至らない点が多々ある。わたしは将来的に、自ら一大プロジェクトを立ち上げたいと考えており、長期間にわたる着実な準備を経て、最終的に何らかの成果を収めたい。そのため今回のCLは貴重な経験だった。今日の反省を忘れず、いつか立派にCLを務めあげたい。今回 ついてきてくれた小林と朝比奈には大変感謝している。

  SL 小林 沙利恵

この活動に参加した理由は、初めてコラクルというワード聞いて興味を持ったのと、一寸法師をやるという発想がすごいなと思ったからだ。最初はそんな気持ちからだった、、、。

竹を切るところから組み立て、練習を重ね、道頓堀で漕ぐところまで非常に長かった。コラクルは探検部で前例のない乗り物だったので(自分は舟作りも初めて)そういうものを活動でやることは自分たちにとって探検だった。やっと作ったコラクルは包み焼きハンバーグみたいな形のくせに、衝撃にも弱いとても繊細なやつだった。そんなコラクルと下川知恵と共にグリコを越えたときはうれしくてたまらなかった。

今回の活動を終えて、私もこういう活動を計画したいと思った。

またコラクルの可能性についてこれからも考えていきたい。

 

  記録 朝比奈 夕鹿

練習に参加できず撮影係での同行でしたが街からコラクルを見ることでそのシュールさを存分に味わえました。道頓堀のほとりにはたくさんのよくわからない人々がいて、コラクルのよくわからなさと不思議な共鳴をしています。探検部の活動は誰もいない山の中や辺境の地が舞台であることが多いですが、今回のように都会へ介入する探検を私も模索していきたいと思います。そしてコラクルに第二弾があれば次は漕ぎ手として参加したいです。

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