美味しい「土」を探しに

美味しい土を探しに 報告
以下の活動を早稲田大学探検部で実行した。参加者計6名。
1 期間
2017年3月13~14日
2 活動結果
・活動概要
明治期の朝日新聞の記事を頼りに、人が殺到するほど美味しいと言われた土があると言われた山へ赴き、実際に採集し食べてみる。美味しく食べられる土の調理法を模索する。土の良し悪しはわからないので、いろんな土地の土を持って行き食べ比べる。
・結果
予定通り滋賀県星ヶ峰へ赴き土を採集し、調理して食べることはできた。想像よりも隊員が様々な調理法を考えてきてくれて、活動として深みが出た。大方、目標は達成できた。ただ一つ惜しかったのは、みんな星ヶ峰の土でいっぱいいっぱいになってしまい、他の土地の土との食べ比べが出来なかったことだ。
 メンバーの感想、反省
CL 山内(1年)
初めてCLを務めた活動になった。CLをして驚いたのは、ちゃんとメンバーが集まったこと。土を食べるためにわざわざ滋賀県まで行ってくれる人がこんなにいるとは…。探検部って不思議なとこだなと思った。
活動としては命の危険もなく、体力的にきついわけでもないので緩い雰囲気だった。しかし、やる気がないというわけでもなくみんな土の採集のために黙々と穴を掘ったし、料理も各自思い思いのものを開発するのに熱心だった。
滋賀県まで1日かけて電車で行った。その道中は何となく旅行気分でのんびりとしたものだった。滋賀県の篠原駅に着き改札を出て少し歩くと、バス停で地面に座ってガスバーナーをつけて調理をしている大越さんと鹿野を発見した。
とたんに探検部に引き戻された。普通の旅行にこんな非常識な行動をする連れはいない。突然、のんびりとした日常が終わる。印象的な瞬間だった。
鏡山を登山しながら、周りの土を観察した。同じ山でも土の質は少しずつ違っている。黄色っぽく砂のようなところもあれば、薄い灰色でほろほろと軽い質感のようなところもある。こんなに土に目を向けながら登山をしたのは初めてだった。地形や植生に続いて、土質という観点が追加された山はそれまで以上に表情の変化に富んでいた。また、この山のどこかにおいしい土が埋まっていると思うと山は一層豊かさを増し、魅力的に見えた。切り口を変えれば世界は広がる。そんなことを実感した。
土の採集は各自違うところを掘った。複数の大学生がスコップを片手にしゃがみ込み、穴を掘り、土を掬い、袋へ入れる。
そして、自分の取った土を掲げ、美味しそうだと言って満足気な笑みをこぼす。不思議な光景だった。星ヶ峰の土は、黄色に近い黄土色をしていた。粒は粘土ほど細くはないが、「粉」と呼べるくらいには細かった。肌触りは良くやや粘り気があった。見た目はちょうどきな粉にそっくりだった。においをかぐ。ほのかに土特有の香りがするがあまり気にならない。食べられそうな気分になってくる。料理は各々作った。
山内は「土パンケーキ」、「土ブレンドコーヒー」
朝比奈は百合根の「土スープ」、「土クッキー」、「土和えイカスミパスタ」
野田は「納豆の土混ぜ」と「カルピスの土混ぜ」
三角は「土寒天」と「土キャラメル」
鹿野は空気に流されて食べていたうどんに土をぶち込んだ。
大越は土を濾した。
比較的マシだったのは、土のスープとコーヒーと寒天。どれも土のじゃりじゃり感を取り除く、または緩和がされており食べやすかった。これらは土の風味も感じられ一応土料理として成り立っていた気がする。
キツかったのは土のパンケーキとキャラメル。柔らかい生地の中に硬い土が混ざっているパンケーキはとても不味かった。土の摂取できる量も群を抜いていた。土のキャラメルはただの甘い泥だった。
土の存在感を薄くした料理は比較的美味しく、強い料理はまずい。明らかに土が料理の邪魔をしていた。
今回は土を美味しく食べることはできなかった。しかし、土を食べるという人達は事実として存在する。自分も土を食べてみれば彼らへの理解に近づくと思ったが、むしろ遠のいた。ただ、この後に及んでも何かすればもっと美味しく食べられたんじゃないかという期待は捨てきれない。
土をおいしいと思う日は来るのか。続けてみたい活動だ。
SL 鹿野(1年)
CLから「おいしい土があるから食べに行こう」と言われた時、自分は興味津々で、土の味とはどんなものだろうかと想像した。計画書が出来て見せてもらったら、その土のある場所は滋賀県の星ヶ峯というところだった。しが?遠い。琵琶湖しか思い浮かばないし、18キップで10時間以上かかるというので、行く気持ちが急速に萎んでしまった。私の土食に対する想いはこの程度だったのか。西荻窪駅で電車に乗るときも、中野駅で降りる時もなんともいえない気持ちだった。
嗚呼…これから土を食べに行くのか…不味いんだろうな…これからタイに行くというのに腹を壊したらどうしようか…と、そんなことが頭に浮かんできた。鏡山登山は気持ちが良かった。土は想像していたものとは違い粘土で、粒を細かくして熱湯消毒したものを使ったが、食感が邪魔で仕方なかった。しかし味は無く、不味くなかった。土食症の人は土を美味いと感じるのだろうか。うどんに入れたら普段食べているものに異物が入った感じで、飲み込むのに苦労した。問題は食感だったので、そこをどうにか改善できれば食べられるかもしれない。私はパサパサしたものは結構好きだが、土は好きになれなかった。
記録 朝比奈(1年)
わざわざ一日かけて滋賀まで行きました。ハイチの貧困層の人々が食べている土クッキーのニュース映像はとても美味しそうに見えたので、味のイメージまでして行ったのに裏切られました。調理で土臭は誤魔化せましたが食品界にありえない硬さのジャリジャリが克服できません。
そして土を食べたらまた一日かけて東京へ帰りました。いつでもそのへんにある土も、五感をずらすとまだまだ新鮮に感じられます。土食はもう少し極めていきたいです。よい土探しと調理法の工夫でまだ先へいける気がします。また木食とか、他の異食も試していけたらと思います。
三角(1年)
土はやはり食べにくいものだったけれど、水に溶かして何度も濾したら、コクを加えるのに良い調味料になることが発見出来た。アイヌの汁やコーヒーなどの飲料に混ぜたものがその良い例だった。しかし、クッキーなど食感がかなり残るものは、噛んだ時のチャリチャリ音が頭に響いてきつかった。
最初は恐る恐る口にしていた土であったが、慣れてくると皆だんだんエスカレートしてきて、殆ど濾さず熱してもいない生の土を色んなものにぶっ込み始めたので驚いた。私が食べたのはかなり濾した土が殆どだったが、それでも帰宅してから胃に重いものが入っているような異物感があったので、他のメンバーは結構大変だったろうと思った。それでも、土を掘ったり調理法を考えたりドキドキしながら食べたりするのはとても楽しかった。
野田(1年)
「土」。この言葉にこんなにも親しみを感じ始めるなんて、思ってもいなかった。土が土の味、食感なのはわかっていたことなのに、私たちは想像を膨らまし美味しそう」などというセリフをはきながら採集、調理した。その点で人間の想像力はすごいものだと思う。こんなにも大胆に裏切られたのに、あの時あのメニューを実践していれば美味しく食べられたかも、などとまだ考えている時点で私はもう、土の虜になってしまったみたいだ。いつか土の味、食感を活かした調理を山内が考案してくれれば、と思う。
大越(2年)
まず隊員各々が事前に勉強を重ね、様々な工夫した調理法を持ち寄ったことがよかった。あれだけのバリエーションで土食を試行錯誤した点で既にこの活動は成功だったと言えると思う。
肝心の土の味だが、今回皆できるだけ細かい粒子のものを採取したが、それでもふるいにかけ続けるとそれ以上細かくならない限界点があって今回の土のそれは食べるには不適な大きさだったと思う。見た目にはとても細かいのだが実際に口に入れるとどうしても異物感があり飲み込むのに躊躇する。土コーヒーとアイヌの土スープが美味しかったのは土を濾すかその上澄みを用いることで粒子自体を料理に組み込まなかったことが幸いしたのだと思う。やはり今回採取した土が明治時代に流行したのと同じものであったのかどうかは最後まで疑問に残るものであった。
しかし今回の土が明治時代のそれと違ったとしても土を常食とするには超えがたいハードルがあるように感じた。ある一定量以上の土を摂取すると消化器官が拒否しているのが感じられ吐かざるを得ない状態になる。自分の体の動物的本能というものをここまではっきりと感じられる体験というのはなかなかない。二十万種ある顕花植物のうち食用可能なのは数千種、栽培化までされているのは数百種で収穫量を見ると十数種のみでその八割を占めるという、人間が食べているのはとても限られたもののみというデータをまざまざと思い知らされた。普段私たちが何を口に入れて体と成しているかということを自覚的に考えるきっかけとしてとても有意義な活動であった。生命維持において最も基本的な食事。その限界を知りひいてはそれを突破しようとする試みは極めて探検的であったといえよう。今後も食の探検には積極的にアプローチしていきたい。
編集 小野寺(3年、広報係代理)

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