高野秀行氏講演会・カムチャツカ遠征隊報告会 – 当日の様子

さて、今回は先日大隈講堂で行われた高野秀行氏講演会、ならびにカムチャツカ遠征隊報告隊についてお知らせ致します。
当日上映したカムチャツカ遠征隊の報告映像も、後半にございますので是非御覧ください。
報告会の開催概要、カムチャツカ遠征については過去記事を参照。

会場の大隈講堂は、早稲田大学、そしてその学生の文化と歴史を支えてきた場所。
今回は利用しませんでしたが、二階も合わせると席数はなんと1200!東京でも有数の大講堂です。

エントランス入ってすぐ、受付がありました。普段はこんなことをしないので、全員緊張気味。
支援者の方向けに、招待席をもうけました。

エントランス入ってすぐ、受付横には探検部の歴史、遠征の報告書、地形図、高野秀行さんの著作などを掲示しました。11月4、5日開催の早稲田祭でも同じ内容を展示予定です。
見逃した方は、是非そちらで。(※詳細な報告書は後日ホームページで公開予定です)

講演会、報告会のポスター。美大生に制作してもらっています。学内中に貼って回りました。
5秒で考えたキャッチフレーズ「来ないと留年、来ても留年」は、海外遠征について。
裏表合わせて8年あるという、典型的探検部員の大学生活を皮肉っています。

司会進行は大越、現幹事長です。
派手な見た目とは裏腹に、意外と繊細で真面目。
丁寧に進行を行ってくれました。

【一部】高野秀行氏講演会

皆さんお待ちかね、辺境探検作家にして探検部OBの高野秀行さん!
現役時代の大遠征『コンゴ・ドラゴン・プロジェクト 幻獣ムベンベを追え』のダイジェスト映像を上映後(※同映像は動画投稿サイトyoutubeで視聴可能?)、いくつかの質問に答えていただきました。

「尊敬されたら終わり」、「探検はいつまでも中途半端」、「辻褄を合わせようとすると狭くなる」など、大学33年生だよ、と自らのことを語る高野さんの言葉は刺激的でした。

【二部】

二部は今夏行われたカムチャツカ遠征の報告会。
このような大きな舞台で報告会をするのは、数十年ぶり(?)の試みでした。

まずは、遠征の報告動画。
隊員の小野がドローン2つ、カメラ2つにバッテリーを背負い、必死の思いで撮影してきた映像です。
30分と少し長いのですが、ストーリー仕立てで分かりやすくなっております。

 

映像の後は、隊長の井上が進行を務めました。
ここからは各隊員が自分たちの担当した”係”に関して、手短に感想・報告を行います。

椅子に座る残りの隊員五名。緊張しているのが伺えます。

まずは、装備係兼副隊長の走出。
探検という行為において、装備が成功と失敗を分ける。そのことを、実地経験を元に語りました。副隊長として、今回の結果に対して感じる責任についても言及していました。

次は、医療係の野田。
人里離れた自然の中、自分の身は自分で守らなければいけない。怪我した隊員を処置し、また自分自身の怪我を処置する。そんなことから事前準備の重要さを感じたと言います。

続いて、入部半年、一年生で広報係を務めた小松。
広報という立場は、遠征の意味や価値と、もっとも向き合う必要がある。一年生として、右も左も分からない中、少しは探検の意味を理解できた気がする、と語っていました。

次は、撮影係の小野
素直な表現で、撮影の苦労を語りました。なかなか現場では、映像の価値に理解を示されない場面もあります。しかし、記録や映像は価値のあることだというのは、今回の報告会でも証明されました。

最後は、記録係の吉田。
何故か協賛のモンベルではなく、自前のノースフェイスでお洒落してきたイケメン。発言はしっかりしていました。
海外に行くことが容易になった今、「探検」と「旅行」を分けるものは何か。それは「記録」である、と。詳細な記録、再現性のある記録が、「旅行」を「探検」にするというのでした。

隊長の井上からは、まず一点お知らせがありました。
ロシア地理協会によって正式にワセダ山が未踏峰であると認められたこと。そして、私たちに命名権があるということ。

嬉しいニュースの後には、今後の話。「青春をかけた戦いが終わった」果たしてそれでいいのか、と。
遠征隊の、探検部の、「探検」はまだまだ続きます。カムチャツカ遠征に限らず、探検は一回で終わることではありません。大学生として、やっと第一歩を踏み出したに過ぎない。それを忘れずに、前へと進んでいく、と語りました。

当日は、200人近い人が訪れてくれました。本当にありがとうございます。
支援者の皆様におきましては、今日まで遠征隊を見守っていただきありがとうございます。

文責:遠征隊隊長 井上

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